<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?>
<rdf:RDF
    xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
    xmlns="http://purl.org/rss/1.0/"
    xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
    xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
    xmlns:cc="http://web.resource.org/cc/"
    xmlns:admin="http://webns.net/mvcb/"
    xmlns:taxo="http://purl.org/rss/1.0/modules/taxonomy/"
    xml:lang="ja">

    <channel rdf:about="http://stuff.seitaiyoga-meishenti.co.uk/index.rdf">
    <title>日々雑感</title>
    <link>http://stuff.seitaiyoga-meishenti.co.uk/</link>
    <description>スタッフＭの気ままなつぶやき</description>
    <dc:language>ja</dc:language>
    <admin:generatorAgent rdf:resource="http://lolipoblog.jp/?v=1.0"/>
    <items>
      <rdf:Seq>
        <rdf:li rdf:resource="http://stuff.seitaiyoga-meishenti.co.uk/?eid=1022713" />
        <rdf:li rdf:resource="http://stuff.seitaiyoga-meishenti.co.uk/?eid=905551" />
      </rdf:Seq>
    </items>
    </channel>

  <item rdf:about="http://stuff.seitaiyoga-meishenti.co.uk/?eid=1022713">
    <link>http://stuff.seitaiyoga-meishenti.co.uk/?eid=1022713</link>
    <title>コーヒーにまつわる思い出?</title>
    <description>　７０年代の終わり頃、といえば今となってはもう３０年も前になるのか、とちょっと驚きに近い感慨を持つ。俺もそんなに年を取ったのか、という感覚、同世代以上の方なら、きっと誰もが持っておられることと思う。
　
  この当時、いわゆる学生運動と呼ばれる闘争、−ま...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　７０年代の終わり頃、といえば今となってはもう３０年も前になるのか、とちょっと驚きに近い感慨を持つ。俺もそんなに年を取ったのか、という感覚、同世代以上の方なら、きっと誰もが持っておられることと思う。<br />
　<br />
  この当時、いわゆる学生運動と呼ばれる闘争、−まあ、実はそれは国家・警察権力が勝手に付けた呼び名なのだが−の名残があって、いわば、運動の柱として、狭山差別裁判や成田空港建設反対の闘争が闘われていた。実はそれぞれに、無実の者が、殺人罪に問われた自分の潔白を主張する闘いであったし、農業者が自分の土地を守ろうとする闘いであったわけで、別に学生が起こした闘争でもないのだが、若い奴らのエネルギーのはけ口という風に世間に宣伝されれば権力の側には好都合だったのだろう。暴走族と同じような無軌道な若者達の暴力行為、という風に世間からは見られるような宣伝の仕方だったのかもしれない。過激派という言葉も、国内のニュースに限っては、最近は聞かれることが少なくなった。<br />
　<br />
  僕の友人には、今もって成田空港は決して使わない、と宣言しているやつもいるくらいで、正義に敏感だったそのころの若者なら、そういった気持ちも分からなくはないだろうと思う。僕だって、狭山裁判あるが故に、最高裁判所の裁判官の信任投票の時には、必ず全員に×を付けることにしているくらいだ。<br />
　<br />
  当時の空港反対同盟の戸村一作委員長の演説する姿はいまだに頭に浮かぶし、最近久々に耳にした、強制代執行なんて言葉も当時はずいぶんよく聞いたものだった。未だ仮釈放中という身分の石川一雄さんとは、最近、一度偶然どこだったかの高速のサービスエリアで出会って挨拶なんかしたこともあった。思えば時代は変わった。当時青年といわれた石川さんは、すでに頭のうすいおじさんだった。というより、当時若者だった僕だって、そろそろハゲやしないかと、おそるおそる鏡を覗く、同様の身だ。<br />
　<br />
  若かった僕は、今よりずっと正義感が強かったものとみえ、なんだかそういった動きの中に身を置きたくなる衝動に駆られたのか、学習会やデモに参加し、機動隊に襲われて隊列を崩され、危うく逮捕されそうになったりしたこともあった。<br />
　<br />
  あれは、そんな活動の一環として、凶器準備集合罪や公務執行妨害の容疑で、千葉刑務所に収監されている同志を励ます、という名目で、塀の周囲を街宣車で回ってメッセージを拡声器で流すという「闘争」をした後だったろう。いわば、初心者の体験といった感じで、Ｓ条さんという通称名を持つ活動家に誘われて参加した僕だった。<br />
　闘争の後、いわゆる「アジト」へ帰って、皆でコーヒーを飲んだ。とはいえ、そこは何の変哲もない普通のアパートの一室。当時大学浪人だった僕以外は、みんな社会人だったのだろうと思う。<br />
　でかいネスカフェの瓶からカップにおのおので粉末を振り入れ、ポットのお湯を注ぐ。砂糖もミルクもない。みんなそのままで口に運ぶのを、僕は不思議な気持ちで眺めていた。初めてブラックでコーヒーを飲んだのはその時だったことを、僕は今でも鮮明に覚えている。うわー、苦いなあ、と思ったが、みんな平気で飲んでいるので、そんなことを口に出すわけにもいかず、ただ、黙々と飲み干すだけだった。<br />
　「闘争」に連れて行ってもらった状態の僕は、活動に参加した、という満足感と疲労感、そして、この「同志」達との間に持った微妙な違和感までを、初めてのブラックコーヒーの苦みと共に味わったのだったろう。<br />
　<br />
  コーヒーはやはり大人の飲み物である。ましてブラックコーヒーの味ともなれば、子供ごときに分かろうはずはない。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>コーヒー</dc:subject>
    <dc:date>2008-09-26T09:41:35+09:00</dc:date>
    <dc:creator>meishenti</dc:creator>
    <dc:rights>meishenti</dc:rights>
<taxo:topics>
<rdf:Bag>
<rdf:li rdf:resource="http://jugem.jp/contents/theme.php?theme=19" />
</rdf:Bag>
</taxo:topics>
  </item>

  <item rdf:about="http://stuff.seitaiyoga-meishenti.co.uk/?eid=905551">
    <link>http://stuff.seitaiyoga-meishenti.co.uk/?eid=905551</link>
    <title>コーヒーにまつわる思い出?</title>
    <description>　コーヒーという飲み物、これは不思議なものである。大人の嗜好品といっていいものらしく、高校生くらいの年頃でコーヒーをたしなむ、という例は現在でも珍しいようだ。あんなに頻繁に放映される缶コーヒーのＣＭだが、今時の高校生に聞いてみると、好んで買って飲む、と...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　コーヒーという飲み物、これは不思議なものである。大人の嗜好品といっていいものらしく、高校生くらいの年頃でコーヒーをたしなむ、という例は現在でも珍しいようだ。あんなに頻繁に放映される缶コーヒーのＣＭだが、今時の高校生に聞いてみると、好んで買って飲む、という子は本当に少ない。<br />
　<br />
  　僕の場合、インスタントコーヒーしか知らなかった高校時代、砂糖も入れずにブラックで飲む、という大人の味覚はちょっと信じがたいものであった。何せ、「クリープを入れないコーヒーなんて」という芦田伸介のせりふをまともに受け取っていたくらいなのだから。「ニド」「ブライト」などというミルクの代わりの植物原料のものに比べれば、くだんの「クリープ」だけは乳製品なのだそうだ。いずれにしても、砂糖と、そんなクリーミングパウダーを大量に入れたものしか、当時の僕は受け入れていなかったのだろうと思う。<br />
　<br />
  　丁度僕が高校を終える頃、７０年代の後半あたりからだったか、スーパーのコーヒー売り場に電動ミルが設置されるところが増え、そのせいもあってかレギュラーコーヒーの存在を知った。もっとも、それ以前だってＭＪＢの緑色した缶などはあちこちで見かけることがあったのを覚えているくらいなのだから、ちょっと自分の興味がそっちに向いただけのことだったのかも知れないが。<br />
　<br />
  　およそ、喫茶店などというところは当時の僕ら高校生に縁のある場所であるはずもなく、立ち寄るのは禁止、などという校則を持つ学校もあったようだ。思い出してみれば、今は何となく華やかな感じになった西武池袋線入間市の駅前だが、当時喫茶店と呼べるものはただ１つ、ラ・セーヌという店があったばかり。再開発前の駅前を知る地元の方なら、ああそうだったと頷かれることだろう。「純喫茶」の文字が頭に付いていたが、「純」じゃない喫茶店というのは、じゃあどういうものを指すのだろう。まあ、同伴喫茶などというのも存在した時代だ。ノーパン喫茶はもう少し後のことだったろうか。<br />
　<br />
  　それはまあいいとして、インスタントコーヒーに慣れた身にとって、滓があんなに大量に出るレギュラーコーヒーというものは、やはり奇異な存在だった。「コーヒービート」なんてチョコレートが発売されたのもこのころのことだったろうか。いや、これはもう少し前にすでに存在していたか。黒っぽいコマーシャルが何となく脳裏に浮かぶ。確か、コーヒー豆がまるのまま、チョコレートの中に入っていたような感触の製品だったように思う。<br />
　<br />
　　しかしそうこうしてるうち、カリタの陶磁器のフィルターを手に入れ、ちょっとコーヒーを淹れてみたりするようになると、メリタのは穴がひとつだけど、３つ穴のカリタとどっちがいいのか、なんていう疑問がわいたりとか、ブレンドだ、ストレートだ、キリマンジャロは酸味が特徴的だの、ブラジルは比較的癖が少ないだのと、少しずつだが体験の蓄積による知識が増えるようになってくる。細挽きにしすぎると雑味が出そうだし、粗挽きだともったいない気がするし、なんて試行錯誤を繰り返してみたり、ＫＥＹだＵＣＣだとメーカーにこだわったりしてみると、今では当たり前の、コーヒーを淹れて飲む、という行為そのものが、限りなく興味深いものに思えてくる、といった当時の僕がそこにいたのであった。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>コーヒー</dc:subject>
    <dc:date>2008-05-13T23:09:16+09:00</dc:date>
    <dc:creator>meishenti</dc:creator>
    <dc:rights>meishenti</dc:rights>
<taxo:topics>
<rdf:Bag>
<rdf:li rdf:resource="http://jugem.jp/contents/theme.php?theme=19" />
</rdf:Bag>
</taxo:topics>
  </item>

</rdf:RDF>